| CD「虹のホーメイ」の資料 |
| ■ホーメイについて 南シベリアのアルタイ山脈周辺には、声の倍音成分を強調させる「喉歌」がいくつか伝えられるが、その中でも現在最も盛んに歌われているのがここ、トゥバ共和国に伝わるホーメイである。ホーメイの中にも高い倍音から低い倍音、舌を震わせるものや鼻にかけるものなど何種類もの発声法があり、それらを組み合わせながら、家族や自然などについて歌う民謡の中で、大きな見せ場として歌われる。伝統的に男性しか歌わなかったが、現在ではごく少数だが女性も歌う。 いつごろ、どうしてこのような歌唱方法が生まれたのかは諸説あるが、はっきりしない。トゥバ共和国では、遊牧民たちによって歌い継がれてきたが、遊牧をしながら外で歌うよりも、家の中で、酒盛りなどをしながら、また子守歌りように家族に聞かせるために、普通はソロで歌うことのほうが多い。ちなみにモンゴル国ではホーミー、アルタイ共和国ではカイ、ハカス共和国ではハイと呼ばれる喉歌が伝えられるが、発声法も歌われる内容や形式もそれぞれ微妙に異なる。 1991年にソ連邦が崩壊して以来、トゥバの音楽は世界に知られるようになり、「Huun-Huur-Tu」やコンガルオール・オンダールなどがヨーロッパ、アメリカで大人気を博し、毎年各地のフェスティバルに招かれている。彼らは現在40才を過ぎ、ミュージシャンとして絶頂期を迎えているが、若手のモングンオールらはそれに対して、より新しい音楽的試みを仕掛けるなど互いに触発しあって、現在トゥバのホーメイ文化は多くの才能ある実力者たちが技を競い合う、充実した時期を迎えている。 参考:日本語表記について 「ホーメイ」はトゥバ語ではхоомейと綴る。оはトゥバ語にしかない発音で、オとウの間ぐらいの音である。よって聞きようによっては〈フーメイ〉と聞こえなくもなく、実際そう日本語表記する人も一部いるが、発音はどちらかというと〈ホーメイ〉の方が近く、また日本語からトゥバ語の綴りを想起できる★という重要な点において、「ホーメイ」が最良の日本語表記であると思われる。 ★フーメイだと、хуумейになってしまう。 ■ホーメイの主な種類 ・ホーメイ:ホーメイはトゥバの喉歌芸術の全体をさす場合にも用いられるが、高音をあまり響かせず、静かに穏やかに歌う、いわば喉歌の基本ともいえる歌い方そのものをも差す。 ・スグィット:口笛のような鋭い高音を響かせる歌唱法。 さあっと吹き抜ける風のような、爽快な歌唱法。 ・カルグラ:地鳴りのような超低音を響かせる歌唱法。 ・その他:ギャロップのように音にリズムをつける唱法(エゼンギレール)、舌を震わしてたなびく旗のように音を転がす唱法(ボルバンナディル)、カルグラをしながらスグィットの要領で発声する唱法(カンズップ)などがある.また、これらのテクニックを同時に組み合わせてやることもある。 ■トゥバのホーメイとモンゴルのホーミーとの違い よくある質問に、「ホーメイとホーミーは違うものなのか、同じものか」というのがある。ホーメイはトゥバでの、ホーミーはモンゴルでの呼び名である。モンゴル国とロシア連邦に所属するトゥバ共和国とは隣り合った国で、モンゴルにも一部トゥバ族が暮らすなど、かつては互いに国境を自由に越えて遊牧生活をしていた名残がいまでもあるが、モンゴル人とトゥバ人とは、もともと言語も違うルーツをもち、民族的にも異なる。また現在では、2国間の国境は厳しい警護がしかれるようになっている。 ホーメイとホーミーは、倍音成分を強調させるという点では共通しているが、発声方法や音楽への取り入れられ方などが違っている。具体的にいうと、トゥバではホーメイが民謡の中に組み込まれていて、風や、馬の駆け足の音、その他複雑な感情などを表現し、全体として柔軟な表現が求められる。一方モンゴルでは、ホーミーは民謡のメロディをなぞり、高い倍音をより大きな音で出すというテクニックとして、強い表現が求められている。 どちらが発祥の地か、ということは両国間でかなり激しい議論が戦わされていて、決着はつきそうにない。どちらが優れた表現かということでももちろん互いに譲らないが、最近では世界的にトゥバのホーメイが高い評価を受けていてCDも多く出ている影響か、モンゴルの若者の間ではトゥバのホーメイが人気があるという噂も聞く。 ■ロシア連邦トゥバ共和国 モンゴル国、アルタイ共和国、ハカス共和国に隣接する、ロシア連邦を構成する共和国のひとつ。面積は日本の約半分、人口は約20万人、そのうち約2割が今も遊牧生活を続けている。国をエニセイ川が横断し、豊かな森林(タイガ)と、3000メートル級の山岳地帯、ブッシュが生えるステップ地帯、そして砂漠地帯と、自然の変化に富んでいて、アジアの遊牧形態がすべて見られるといわれている。1年の半分は冬で、マイナス40度以下に、一方夏はプラス40度になることもある。全人口に占めるトゥバ人の割合は64%で、他の共和国よりも割合は高いが、日常生活においてはロシア化がかなりすすんでいる。 ■エキアタル・レコード 1994年、日本にトゥバのホーメイ歌手が初めて来日、招聘元は田中泯率いる、山梨県白州町で毎年夏行われるアートキャンプ事務局。そこで生のホーメイに初めて触れた巻上公一は、翌年トゥバで開催された「第2回世界ホーメイフェスティバル」に参加、それから毎年のようにトゥバヘ通い、ホーメイの研究を続ける。 巻上は97年にコンガルオール・オンダールとブルース歌手ポール・ペナのユニットを招聘してコンサートを開催、98年には日本トゥバホーメイ協会を設立して、招聘・コンサートの企画開催を続けてきた。2001年には「第1回日本ホーメイフェスティバル」を開催し、日本でのホーメイの広がりを再確認させた。 エキアタル・レコードは、「小さな身体に宿る大きな宇宙」をテーマに、音楽に身体性を感じさせる、ホーメイを中心とした才能あふれる音楽家たちの活動にスポットを当てる。その記念すべき第1弾が、モングンオール・オンダールになった。この後、モングッシュ・アンドレイ「祈りのホーメイ」、アルタイのボロット・バイルシェフ、巻上公一デュオなどが続く。 |