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| ■中能島欣一師の芸術(文:東京大学名誉教授 岸辺成雄) | |
| 中能島欣一師と云えば、現代邦楽の作曲とその演奏家として最も世に知られている。もちろん古典曲の演奏における、たぐいのない名手であることも、知らぬ人はない。中能島師自身、一生をかけて心血をそそいだのは、新しい箏曲の創造であると、みずからも思っておられるようだ。かつて重要無形文化財保持者として認定された時、古い芸統に専念する人だけが、この「人間国宝」となるものだと思っていたので、この認定は思いがけないことであると新聞のインタビューなどで語っておられた。私自身も師の口からそのことをきいた。 だがそれは、芸の奥儀を極めた人の奥床しい謙譲の言葉であって、古典における箏・三弦の演奏が神技の域に達していることは、疑いないところである。誰でも知っている『六段の調』にも出てくる裏連(サーラリン)一つとっても、これ以上正確で美しく響くことはあるまい。人々は「箏三弦の神様」とすら云う。この見事な技能は、若い時からの刻苦勉励の賜であることは云うまでもない。だが鋭利な刃物にも似た理知のひらめきも随所に見られ、冷徹な熟慮によって曲を把握する力に至っては、恐ろしいほどである。これは、中能島師の性格によるものでもあるが、若年中年の間に重ねられたあらゆる方面にわたる独学の結果でもある。中能島師は理知の人と云われるゆえんである。その作品に、この理知性ははっきりと現われている。 古典曲の名演奏をささえている中能島師の技能のもう一つは、山田流歌曲の真諦を極めているところから生れていることは、特筆せねばならない。唄を第一とする山田流箏曲の唄の良さを、すみずみまで知っておられればこそあれほどの箏三弦が弾けるのである。山田流には山登・山木・山勢その他多くの芸系があるが、明治・大正・昭和の各派の第一人者と数多く共演し、初代中能島松声以来の自家の芸統に、他の派の優れたものをも加え、中能島欣一独自の芸風を創り上げた。 さてその中能島家の芸統であるが、『雨夜の月』、『七福神』、『伏見』をはじめとして浄瑠璃(河東節、一中節、富本節など)を取入れた名曲の作曲者であり、見事な歌い手でもあった初代中能島松声の孫であってみれば、中能島師の芸風は、山田検校の作品は云うに及ばず、それ以後の山田流の芸風を広くおおうものであると云うことができる。山勢家から出て、独自の芸風をうち立てた名人今井慶松は義父に当り、かの『新ざらし』をしばしば共演した。当然のことながら今井慶松の芸統もかなり取入れている。 中能島師の箏の手ほどきは、母喜久で、十五歳には早くも人を教えはじめた。喜久の養子三代中能島松仙(昭和三年没)にももちろん教えを受けたが、当時、三弦や箏組歌の名手と云われた初代丸田島能に師事した。ほかに長唄三味線の名人四世杵屋勝太郎の門もくぐった。中能島師の三弦の比類ない撥の切れ味は、この島能、勝太郎両師から受けた技能に磨きをかけたものであろう。組歌以外の古典曲で初代高橋栄清にも学んだものもある。一中節は都一花に習ったときく。中能島師の歌曲作品の大きな特色の一つは、それまでの邦楽になかった独自の旋律の創作である。在来の邦楽の旋律のマンネリズムや卑俗性を脱脚しようと云う意識が強い。だが『野路の梅』の「黄金の色に染めなせば」や、『八幡船』の「耳傾けて音も立てず」のくだりには、一中節の曲節が使われている。古い浄瑠璃を排除するばかりではなかったことがわかる。 もともと、中能島家は、山田流の直門、小名木松操検校の流れである。他の直門中の大家と云われる山登・山木・山勢の芸系とは交流はあっても、区別されるものがある。遠く初代の、山登・山木・山勢は別として、中能島師が先輩と仰いだ大正・昭和の名人上手、例えば、山木系の四代目山木千賀、初代越野栄松、山室千代子、山勢系の初代萩岡松韻、今井慶松、初代高橋栄清、中能島系の初代丸田島能、それに別系とも云うべき初代上原真佐喜(以上いずれも故人)などの人々の芸風と中能島師の芸風との間には、個人差を超えた家の芸統の違いを見出す。しかし何と云っても、中能島師の芸風は、中能島師以外に見出せない独自のものと結論するのがよいのではないかと思う。それ程、「中能島欣一」の個性は強い。 その個性の強さをささえるものの一つに、前述のような理知性がある。新しい作曲のために西洋音楽を学び、その合理性を鋭く身につけた。古典の演奏にもそれが現われ、おおらかな先輩達の年代では、押し手の音程、スクイ爪のリズムなどの技術上の正確さは、今の目から見ると、意外に気にされていない面があった。中能島師の研ぎ澄まされた神経や理知性では、そのような曖昧さは耐えられないのであろう。中能島師の古典演奏の正確無比の技術は、そこから生れる。そしてその影響は大きい。現代における古典の演奏は、多かれ少かれ近代的感党によってなされる。音程、リズムの正確さを求める傾向もその一つである。中能島師に教えを受けた人はもちろん、教えを受けなかった人々におけるこの傾向は、多く中能島師から出ている。現代箏曲界の重要な趨勢を中能島師はリードしたと云えるのである。(昭和56年発売「中能島欣一全集」より) |
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| ■曲目解説 | |
| 1. 三つの断章 昭和17年7月、箏独奏曲として作曲。昭和29年10月開催の第7回作品演奏会での演奏に対し、「盤渉調」とともに芸術祭賞を受賞。現在もなお、流派を超える数多くの演奏家がこぞってレパートリーとして取り上げている。中能島欣一の作品の中でもとりわけ演奏回数が多い作品のひとつである。無調、変拍子をはじめ、多彩な演奏技法を駆使した難度の高い作品でありながら、全三章を通じて絶対音楽に対峙する一貫した作曲思想を感じさせる。 2. 赤壁の賦 昭和9年9月、NHKの委嘱によって作曲された、中能島自身初の委嘱作品。歌詞は、NHKが募集した中秋の名月に因んだ邦楽歌詞の第三席入選作である。箏・尺八の合奏による古典的な山田流歌物の流れを汲む作品ではあるが、前曲と同様に変拍子の使用、半音を含む音階の調弦など新しい試みが随所にみられる。古典的な歌詞と斬新な味わいが、今なお広くこの曲が愛好されている所以である。(解説書6頁に歌詞掲載) 3. 三弦協奏曲第一番 昭和9年8月、前作「赤壁の賦」のひと月前に初演された。当時のタイトルは「三弦主奏曲」であり、独奏三弦と2パートの箏による作品であった。現行の作品は昭和11年3月までに全般的に書き直され、低音箏として十五弦(中能島欣一考案)が加えられたが、現在は十七弦で代行されている。山田流箏曲のみならず長唄三味線の厳しい修業を通じて獲得した他の追随を許さない中能島欣一の三弦演奏技法が、コンチェルト形式のアンサンブルで冴え渡る名曲である。 4. 盤渉調 昭和16年4月、放送初演された三弦独奏曲。タイトルは、三弦の一の糸の音高を十二律の盤渉(ロ音)に定めたことに由来しており、同名の雅楽曲との関係はない。様々な新しい試みが多用されていることの評価とその結果としての作品の魅力を凌ぎ、音の響きそのものの中に、長い伝統が育んだ古典の力強い味わいを感じさせる。箏独奏曲「三つの断章」と並び、流派を超えた演奏家を曳きつけて止まない作品である。 5. さらし幻想曲 昭和18年4月作曲、同年放送初演されたフルート・箏・三弦の三重奏曲。宇治川の「槇の島の布さらし」の情景を描いた古い地歌である「さらし」を元に、そのリズミカルな手(「さらしの手」)の反復、水音の表現など特徴的な音型を取り出して作品化されている。また全3章に現れる「さらしの手」の反復は、特定の音型がオスティナートに持続するいわゆる「地」であり、そこに絡み合う3パートが高い緊張感を持ってこの曲の性格を顕著に示している。また、この「地」を背景として合奏の相手が即興を交えて華麗な技巧を披露する「新ざらし」と称する楽曲形式が生まれた。中能島欣一の「新ざらし」は、他に比肩するもののないその集大成として知られている。 |
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