| 【解説書の一部】 神技のジプシー・ヴァイオリン |
| ジプシー楽団のリーダー、ベルキ・ラースローの毎日は忙しい。 ジプシー楽団のプリマ(リーダー)といえば、代々受け継いできたテクニックやレパートリーにのっとって楽団を統率する人物。言ってみれば、伝統がモノをいう世界だが、その中にあってベルキ・ラースローの生き方はいかにも現代的だ。まず、現代人らしく、とにかく忙しい。ジプシーのプリマとて、もはや夜ステージに立っていればすむ時代ではない。彼の場合、主な活動拠点が自分自身のアンサンブル、国立民俗アンサンブル、100人のジプシーオーケストラの三つにわたっているので、これらをとりまとめるだけで日中の時間の大半はつぶれてしまう。 ジプシー芸能フェスティヴァルの責任者でもある。 これらのために、加えてさまざまなレコーディングのために、作曲・編曲もする。そう、ジプシー音楽家は楽譜が読めない、なんていう伝説はもう過去のものだ。ベルキはそれぞれのアンサンブルに適したレパートリーを、自分のインスピレーションと筆で着実に書き増やしている。今年の夏はこうしたレギュラーの仕事の他に、国際ジプシー芸能フェスティヴァルの実質的な責任者にもなっていたので、いくら時間があっても足りなかったことだろう。しかし、このフェスティヴァルは、放浪の民と呼ばれて久しいジプシーたちが、国やジャンル、プロ・アマの違いを乗り越えて同じ舞台に立ち、連帯感を深めた、実に意義深いものであった。こんなところにも、時代の流れを着実にとらえているベルキのセンスが光っている。 聴衆を楽しませる上質な娯楽音楽を心がけている。 ジプシー・ヴァイオリンの表現はヴァイオリンという楽器の粋を集めている、と若手ヴァイオリニストで、ベルキのファンでもある古沢巌氏が語ってくれたことがあった。しかし、それが本能的なものだけでないことは、ベルキと彼のアンサンブルのリハーサルをつぶさに聴いた古沢氏も気付いたはずだ。聴衆を心から楽しませる上質な娯楽音楽を提供するためには、伝統だけに安住せずに、つね日頃から音楽を自在に展開できるすべを身につけておかなくてはならない、とべルキは考えている。音楽学校で学べるような種類の音楽ではなく、その多くをいまだに口頭伝承によっているジプシー音楽だからこそ、彼は代々受け継いできたこの貴重な伝統をさらに伝えるために余念がない。マスメディアの発達によって、世界中のあらゆる音楽が入手できるようになった今も、ジプシー楽団の演奏は人々の心をとらえて離さない。その背景には、本当に楽しめる音楽をジプシーたちが現代的な方法で、さらに追求し続けていることがあるのだ。 |