【解説書の一部】 チベット密教 極彩の響き
大地と天空をむすぶトゥン・チェン(チベット・ホルン)の響き。
途方もない音に出会ってしまったというのが、まさしく私の実感です。トゥン・チェンと呼ばれるチベット・ホルンの轟然たる超重低音。交錯する光のようにきらびやかな打楽器の響き。かぎりなく深奥な聲明・・・。光と闇、聖と魔が跳び交い、大地と天空とを結ぶ宇宙的なひろがりを持った音が私の魂を一瞬のうちにヒマラヤの山々の彼方へと飛翔させてしまったのです。
人類史上最高といえる全長5メートルのラッパ。
人類は、そのあけぼのの時代から、「声」とともに、竹をはじめとする植物、動物の骨・角・皮などを用いて、さまざまな「音を出す道具=楽器」をつくり、楽しんできました。そうした楽器の一群としてラッパ類があります。このディスクにその凄まじい響きが収められているトゥン・チェン(チベット・ホルン)は、あらゆるラッパの絶頂を極めた、人類史上最高のラッパといえるでしょう。長さ5メートルにもなる巨大なトゥン・チェンの演奏はまことに難しく、大変な習熟を要します。今回の録音では、飛びきりの名手が二人揃い、まさしく地軸を揺るがすような超重低音が轟きわたりました。
トゥン・チェンの大音響と低く静かな聲明を同時に録音する難しさ。
ところで、トゥン・チェンが活躍するチベット密教の儀式は、その表現が高度化するほど録音が困難になるとうやっかいな性質があります。何よりも、トゥン・チェンの圧倒的な響きと、低く静かな声による人間の聲明とでは、ダイナミックレンジがまるで違います。また、トゥン・チェン以外のさまざまな音色をもった楽器も、一般に音量が大きく、それらもチベット仏教音楽の魅力の重要な要素になっています。これらのバランスをどう調整して、極彩色の響き全体を捉えるかは、大変な難問でした。
従来の録音は声と楽器のバランスが取れていない。
設備の充実した日本のスタジオでの録音とは違い、フィールド録音では、装備にもおのずと限界があります。その限られた機材の中で何とかこの独特な空間性のある音を録ろうと必死の思いでした。これまでにリリースされている数点のチベット仏教音楽の録音物を聴いても、一人の僧の声だけが突出して全体としては音空間の歪みが大きかったり、あるいは聲明に重点を置くあまり、声と楽器の音とのバランスがとれていないなど、一長一短という憾みがあります。
超高性能マイクを使用し、セッティングにも工夫を凝らした。
私はまず、マルチポイントマイクはこうした高次元の音空間をとらえるのには不適当であると判断しました。そしてMS型を含めていくつかのマイクを並行してワンポイントステレオ方式でセッティングし、それらの中から、最も優れた成績を示した新しい超高性能バウンダリレイヤー型のマイクを選択しました。マイクポイントの発見には常にもまして苦心し、かなり特殊なワンポイント・セッティングになりましたが、結果的にはチベット仏教の音空間を、今までのLPやCDには例がないほどリアルに収録できたのではないかと自負しています。時の流れが細分化された現代生活を離れ、自己と宇宙とが同一化した深遠な時空系の広がりを感じさせるチベット仏教の音世界に沈潜し、瞑想の世界を旅していただくことができれば幸いです。

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