【解説書の一部】 雁落沙灘/胡志厚
管子(グァンズ)は、中国古代では篳篥(ピリ)と呼ばれていた。
中国の伝統楽器「管子(グァンズ)」は、古くは「篳篥(ピリ)」と呼ばれていた。随書の音楽誌に、「篳篥(ひちりき)は、今は亡きチュウツ地方から伝わったものである」と記載されてある。北栄代の陳陽楽書中には、「篳篥は西域民族の楽器である。その旋法は古代中国のものと一致して用いられていた。いろいろな楽器のリード役とされ、宮廷音楽にあっても主たる役割を担って今日に至る」とある。つまり現在の管子は、中国古代の篳篥(ピリ)にそのルーツを辿ることができる。
篳篥(ピリ)は宮廷音楽において最重要な楽器である。
中国の南北朝、随唐時代の歌舞音楽、及び唐、遼代の宮廷音楽において、篳篥(ピリ)は一貫してもっとも重要な楽器とされ、「頭管(トウグァン)」と称された。これは、現在のオーケストラに例えれば、第1ヴァイオリンに相当する。その中の主席である「頭管首(トゥグァンシュウ)」は、ヴァイオリンのコンサート・マスターと同様、すべての編成をリードする。このことは、近世の仏・道教音楽でも全く同じである。
篳篥は中国から朝鮮、日本へと伝わっていった。
随、唐代には、諸国との交流が盛んになり、篳篥は東の朝鮮、日本へと伝わっていった。いまでも「篳篥」の文字が使われ、朝鮮では「ピリ」、日本では「ひちりき」と呼ばれている。奈良東大寺正倉院の献物帳には、古代中国から伝わった各種の貴重な楽器中に、篳篥の名もリストアップされている。

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