| 【解説書の一部】 ナイジェリアのトーキング・ドラム |
| トゥインズ・セブン・セブンの演奏はモダンなアレンジが一切ない。 1989年夏の初来日公演でも、トウィンズ一行の演奏は、日本人の口に会うようにエスニックに調理されているわけでも、ポップス風にスパイスをきかせてあるわけでもなかった。まる出しの頑固な土着性に、これまでの来日アフリカミュージシャンたちから受けたのとは異質の感動を受けた人も、逆にとまどった人もいただろう。 日常の行為や生活に必要な音楽がそのままに演奏される。 あるときはヨルバの神と交信する行為として、あるときは同郷の人間と熱っぽくかかわりあう、ほめる芸、祝(ほが)う芸としてパフオームされる彼らの音楽は、だが決して「民俗芸能」ではない。土着性から世界音楽へ通じる道の模索を、彼の音楽は特別の構えも思い入れもなしに、至極当り前の顔で、黙々とやっているように思われる。 黒人女性の現地語のコーラスや叫びが新鮮に響いてくる。 トウィンズのサウンドそのものがふりまく歓びも、ヨルバの森の森林浴を私たちが日本で体験するかのように新鮮だ。生理的ななまなましさのある幼児性を帯びた黒人女性の地声のコーラスや叫び。「オヤマパミー、モパミー」、「ショコショコバンバン、エニウォバウコバー」、「イモキラヤー」等々、意味をこえて魅力的な言語音のヴォーカル。ヨルバ語に限らず、一般に黒人アフリカの言語表現には、概念化された意味を媒介としない、音象徴性や、言語音自体の音としての面白さが豊かだ。 「ドゥンドゥン」と呼ばれる太鼓の軽妙な演奏に聞き惚れる。 そしてヨルバ音楽の何よりの魅力である、調べ緒太鼓のパーカッションの、胸のすくように冴えた妙技。このヨルバの調べ緒太鼓は、ヨルバ語で「ドゥンドゥン」と総称されているが、「太鼓のおっかさん」とみなされている、肩から帯でさげる大型のイヤイル、腋の下で調べ緒をしめたりゆるめたりしながら、抱えた腕の指先でも膜面でミュートさせて多彩に音を変化させるカナンゴ、さらに小型のオメレまたはガンガンなどいくつもの種類がある。 砂時計型をした太鼓を絶妙のテクニックで演奏する。 どれも、砂時計型に彫りぬいた木の胴の両面に山羊の皮を張り、二つの膜面をイガラという羚羊の皮を細く裂いて撚った多数の調べ緒で結んで、この調べ緒を張ったりゆるめたりして膜面の張力を変えながら、釣針型に湾曲した桴で打つのである。腋に抱えるのでなく肩から下げるイヤイルの場合は、80本前後のかなり太い調べ緒の5〜6本を桴をもたない方の手(ヨルバ社会では左利きは左手で桴を持つ)でつかんで握ったりゆるめたりし、もっと鋭いトーンを出したいときには、同時に握った手首を外にかえし、前腕の内側を調べ緒の列に押し当ててプレスする。 この種の太鼓は西アフリカでしか見られない。 この種の太鼓は、西アフリカ社会にひろく用いられているが、世界中でこの地域にしか同型のものがない。この、楽器としてかなり高度に洗錬された太鼓が、どのようにして西アフリカに生れ、伝播したのかは興味ある謎だが、まだ解明されていない。私個人としては、この種の太鼓の、原初的なものも含む多くの型があってさかんに用いられているヨルバ社会で発明され、発達したのではないかとみている。 「トーキング・ドラム」は太鼓が言語音を伝達する機能を意味する。 蛇足までにつけ加えていえば、日本ではよく誤ってヨルバのこの型の太鼓を「トーキング・ドラム」と呼んでいるが、「トーキング・ドラム」というのは、太鼓が言語音を伝達するという機能を指しているので、太鼓の名称ではない。太鼓の名としては、日本語なら「調べ緒太鼓」とか「砂時計型太鼓」がいいし、ヨルバ語なら総称は「ドゥンドゥン」その中に「イヤイル」はじめさまざまな型と、それぞれの奏法や役割があることは、すでに述べた通りだ。 |